検査室に届いた検体を見たとき、
まず思ったのは、
「これ、かなり採血が難しかったんだろうな」
ということでした。
生化学のスピッツには、血液が3分の1ほどしか入っていません。
血算もかなり少量。
凝固検体は、すでに凝固していました。
そして、測れるかわからないくらい少量のガス血。
検査結果を見る前から、
検体そのものが、採血の難しさを物語っていました。
ーー
凝固検体が凝固していれば、そのまま結果を出すことはできません。
採血が難しかったことは、届いた検体を見れば分かります。
それでも、
再採血をお願いしなければいけません。
「たぶん、もう一度取るのも大変だろうな」
と思いながら、病棟へ電話しました。
同時に、
そもそも、なぜこんなに採血が難しいんだろう?
ということも気になりました。
そこから、患者状態と既往を調べました。
ーー
患者さんは、肺炎で治療中でした。
抗菌薬を使用していても改善が乏しく、
その経過の中で、
腎と肝に、機能障害が出ていました。
肺炎そのものが強い感染・炎症になると、
発熱・食欲低下・摂取不良で脱水しやすくなります。
さらに感染による血管拡張や循環不全、心不全の悪化、低酸素などが重なると
腎血流が落ちて急性腎障害になります。
高齢者や慢性心不全がある人だと、もともとの腎予備能が小さいことも多いです。
既往には、
慢性心不全と発作性心房細動
がありました。
発作性心房細動に対して使用されていたのが、
ピルシカイニドでした。
ーー
ピルシカイニドはⅠc群抗不整脈薬で、
Naチャネルを強く遮断する薬です。
そして大きな特徴が、
腎排泄型であること。
腎機能が低下すると薬が体内に残りやすくなり、
血中濃度が上昇します。
ピルシカイニドが過剰になると、
Naチャネル遮断が強くなり、心筋の伝導が遅くなります。
QRS延長、徐脈、房室ブロック、心室性不整脈などを起こし、重症になると循環が破綻します。
最悪の場合、心停止になります。
ーー
今回、ピルシカイニドは中毒域となっていました。
肺炎が長引く
↓
全身状態が悪化する
↓
腎機能が低下する
↓
ピルシカイニドが蓄積する
という流れが考えられました。
ーー
再採血した検体の結果は、
AST・ALT 4桁まで上昇
BUN高値
Cr 約3 mg/dL
肺炎による全身状態悪化、
摂取低下や循環不全、
慢性心不全、
こうした複数の要素が重なって、
AKIが進行した可能性があります。
そしてこの腎障害が、
ピルシカイニドの排泄をさらに低下させます。
つまり、
腎障害が薬物中毒を悪化させ、薬物中毒による循環不全がさらに臓器障害を悪化させる
という悪循環です。
ーー
NT-proBNP 5桁
慢性心不全がある患者さんなので、
心負荷の増大は当然考えます。
ただし、
NT-proBNPは腎機能の影響も大きく受けます。
腎機能が低下するとクリアランスが落ちるため、
心負荷+腎機能低下
の両方で著しく高くなることがあります。
そのため、
「5桁だから心不全がこの程度」
と単純に読むことはできません。
ーー
🔬検査値の信頼性
ここで、
採り直し前後の検査値の変動
について考えてみたいと思います。
凝固検体では、
再採血後のPTの方が、約4秒延長、
APTTはほぼ変化なし。
Dダイマーは再採血後に約3上昇していました。
最初は、
「凝固した検体なら因子が消費されて、PTはむしろ延長するんじゃないの?」
と思いました。
しかし、管内で凝固が始まっている状態では、
凝固因子の消費だけでなく活性化も起きています。
よって、今回は最初の検体では凝固系がすでに活性化していて、PTが本来より短めに出ていたのだろうと考えました。
「凝固した検体だから、この項目は必ずこの方向に動く」
とは言い切れないことがわかりました。
ここで大事なのは、
凝固した検体の値を補正して考えるのではなく、そもそも患者の値として信用しない
ということでした。
ーー
低血糖に対して、
高糖質輸液も行われていました。
再採血前の血糖は360 mg/dL。
ここも検査値を見る上で重要でした。
高糖質輸液のルート付近から採血すると、
輸液が混入して、本来の血糖より著しく高く測定されることがあります。
つまり、この360 mg/dLをそのまま、
「患者さんが高度高血糖になった」
とは読めません。
低血糖に対して高糖質輸液をしているという治療背景を知らなければ、
検査値だけを見て全く逆の状態だと捉えてしまう可能性があります。
ーー
再採血前の血算検体では、血小板凝集もありました。
血小板凝集があると、
自動分析装置では血小板数が偽低値になることがあります。
採血時の微小凝固なのか、
EDTA依存性の凝集なのか、
他の要因なのか。
ここも、
「血小板が低い」という数字だけではなく、検体そのものを見る必要があります。
今回のように採血困難が明らかな場合は、
特に前処理の影響を考えます。
ーー
今回は、再採血前後でPTやDダイマーの値に変化がみられました。
ただし、凝固した検体では、凝固因子の活性化や消費の程度が検体ごとに異なるため、
再採血するとどの方向にどれくらい変化するかを予測することは困難です。
また、輸液混入も、検査値だけで確定することはできません。
採血した部位や輸液ルートとの位置関係、輸液内容など、採血時の状況を確認する必要があります。
患者さんの他の検査値や経過と比べて不自然な高値が出たときには、輸液混入も疑って見る視点が大切だと思いました。
どちらの場合も、可能であれば再採血して確認することが最も確実です。
ただ、採血困難などでどうしても再採血できないこともあります。
その場合は、検体状態や採血条件の影響を受けている可能性を考えたうえで、結果を参考値として扱ってもらう必要があることを、臨床側へしっかり伝えなければいけません。
「この値はおかしい」で終わらず、
なぜ信頼性が低いのか、どこまで参考にできるのかまで説明できるようになりたい。
今回の症例で、そんなことを改めて感じました。
ーー
最初に見えたのは、
少量の生化学検体、
少量の血算、
凝固した凝固管。
検査室から見れば、
まずは「再採血が必要な検体」です。
でも、
「どうしてこんな採血になったんだろう?」
という疑問から、
肺炎が改善しないこと、
腎機能が悪化していたこと、
ピルシカイニドが蓄積していたこと、
緊急透析が行われたこと、
輸血や高糖質輸液が行われていたこと、
までつながっていきました。
検査値を見るだけではなく、
検体の状態そのものから患者背景を考える。
今回の症例では、
採血不良が、
患者さんの状態を知る入口になりました。
💡症例から学んだこと
- 検体量不足や凝固などから、採血困難だったことが推測できる。
- 不適切な凝固検体は、PT・APTTなどを結果の方向から補正して考えず、再採血する。
- 腎機能低下では、腎排泄型のピルシカイニドが蓄積し、中毒につながることがある。
- ピルシカイニド中毒ではNaチャネル遮断が強くなり、重篤な伝導障害や不整脈、心停止につながることがある。
- NT-proBNP高値は心負荷だけでなく、腎機能低下の影響も考えて読む。
- 高糖質輸液中の採血では、輸液混入による見かけ上の高血糖に注意する。
- 血小板凝集があれば、自動測定値をそのまま患者の血小板数として扱えない。
- 不良検体を「採血ミス」で終わらせず、なぜその検体になったのかを追うと、患者さんの病態や治療状況が見えてくることがある。
