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pH 7.50。
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血液ガスを見た瞬間、
最初に目に入ったのは pH 7.50。
アルカレミア。
一見すると、
「大きな問題はなさそう」と感じてしまう値でした。
でもこの血ガス、
順番どおりに背景と一緒に読んでいくと、
“かなり無理をして保たれている状態”
だということが見えてきます。
――
まずは血ガスデータだけお見せします。
・pH:7.50
・PaCO₂:37 mmHg
・PaO₂:74 mmHg
・HCO₃⁻:28 mEq/L
・Na:138 mEq/L
・K:3.3 mEq/L
・Cl:108 mEq/L
・Lactate:4.0 mmol/L
――
pHから考える
まずは基本どおり、pHから。
pH 7.50より、アルカレミアです。
――
原発性障害は何か
HCO₃⁻は28 mEq/Lと高値。
原発性障害は代謝性アルカローシスと判断しました。
――
代償は適切か?
代謝性アルカローシスに対する呼吸性代償は、次の式で考えます。
予測 PaCO₂ ≒ 0.7 ×(HCO₃⁻ − 24)+ 40
本症例では、
0.7 × (28 − 24) + 40 ≒ 43 mmHg
実測のPaCO₂は37 mmHg。
予測より明らかに低く、
呼吸性アルカローシスの合併が示唆されました。
――
ここまでの一次評価
原発性は代謝性アルカローシス。
代償は不十分で、呼吸性アルカローシスが合併しています。
酸塩基異常の型はここで整理できます。
――
酸素化は本当に保たれているか?
酸素マスク8 L/min投与中。
FiO₂約0.5とすると、
PaO₂ 74 mmHg、P/F比 約150。
中等度の酸素化不良です。
pHがアルカリ側でも、
呼吸には余裕がある状態ではありませんでした。
――
次に確認する:アニオンギャップ(AG)
AG = Na − Cl − HCO₃⁻
138 − 108 − 28 ≒ 1
一見すると低値です。
――
追加情報:アルブミン 1.3 g/dL
アルブミンは主要な未測定アニオンです。
低アルブミン血症ではAGは過小評価されます。
補正AG ≒ 実測AG + 2.5 ×(4.0 − Alb)
本症例ではおよそ +7 程度の補正が必要です。
――
Lactate 4.0 mmol/L と背景
Lactateは4.0 mmol/L。
極端な高値ではありませんが、正常ではありません。
術後で輸血を受けており、
酸素運搬能はある程度保たれていた可能性がありますが、
組織レベルではストレスが残っていたと考えられます。
――
ここまでをまとめると、
AGは低アルブミンにより過小評価されており、
見かけよりも異常が隠れている可能性があります。
Lactate上昇を踏まえると、
「アシドーシスの芽」が
背景に存在していると考えられました。
――
背景:回腸ストーマという要因
この患者さんは回腸ストーマ造設後でした。
水分・Na・Cl・Kが持続的に喪失され、
体液量減少、低Cl、低Kが同時に起こりやすい状態です。
――
なぜアルカローシスになるのか
体液量が減少すると、
Naを保持しようとする働きが強まり、
近位尿細管でのNa再吸収が亢進します。
Naの再吸収はHCO₃⁻の再吸収と連動しているため、
Naを体内に戻そうとする動きそのものが、
結果としてHCO₃⁻の増加につながります。
――
さらに、RAASが活性化し、
アルドステロンの分泌が亢進します。
アルドステロンは集合管でのNa再吸収を促進すると同時に、
KとH⁺の排泄を増加させます。
その結果、
K排泄亢進 → 低K
H⁺排泄亢進 → 血中H⁺低下(アルカローシス)
が生じます。
――
低Kのとき、 なぜH⁺が細胞内へ取り込まれるのでしょうか。
これは濃度だけではなく、
細胞内外の電荷バランスによる動きと考えられます。
血中Kが低下すると細胞内のKが外へ移動し、
その不足を補うようにH⁺が細胞内へ取り込まれることで、
結果として血中H⁺が低下し、アルカローシスが助長されます。
さらに腎臓では、
α間在細胞によるH⁺分泌が亢進し、
新たなHCO₃⁻が血中に供給されます。
――
一方、低Clの状態では、
集合管のβ間在細胞によるHCO₃⁻排泄がうまく働きません。
この細胞はCl⁻と引き換えにHCO₃⁻を排泄するため、
尿細管腔内にCl⁻が不足していると、
HCO₃⁻を体外へ捨てることができなくなります。
その結果、
アルカローシスを是正したくても是正できない状態になります。
――
つまり、
Na再吸収によるHCO₃⁻増加
+
アルドステロンによるH⁺排泄
+
低KによるH⁺喪失
+
低ClによるHCO₃⁻排泄障害
という複数の機序が重なることで、
アルカローシスが持続しやすい状態が成立していました。
――
輸血とクエン酸
輸血にはクエン酸が含まれています。
クエン酸は代謝される過程でH⁺を消費し、
塩基負荷と同様の作用を示します。
単独では大きな影響は少ないものの、
背景条件によってはアルカローシスを助長する要因となります。
――
この血ガスの正体
Cl反応性代謝性アルカローシスを主体とし、
呼吸性アルカローシスが合併。
さらに酸素化不良、
低アルブミンによるAG過小評価、
Lactate上昇、
クエン酸負荷が重なった、
複合的な酸塩基異常と考えられました。
――
💡この症例の学び
・血ガスは順番どおりに読む
・代償を確認してからAGを見る
・AGはアルブミンとセットで考える
・アルカローシスは「腎で捨てられない」と遷延する
・背景(ストーマ・輸血)を合わせて考える
・pHがアルカリでも、患者が安定しているとは限らない
――
pHがアルカリ側であっても、
患者の状態が安定しているとは限りません。
数値の裏にある病態を、
順を追って読み解くことの重要性を感じた症例でした。