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  • ひとつの数値に囚われない

    ──────────────────

    70歳代男性。
    左半身麻痺を主訴に救急外来を受診。

    既往 : 心房細動

    ──────────────────

    片麻痺。

    そして心房細動。

    まず思い浮かんだのは、
    心原性脳梗塞でした。

    ーー

    検査データ

    • PT 15秒
    • PT活性 48%
    • PT-INR 1.5
    • Dダイマー 2.5 μg/mL
    • HDLコレステロール 38 mg/dL
    • NT-proBNP 600 pg/mL台

    ーー

    最初に見えたのは「心原性らしさ」

    ワーファリン内服中にしては、
    INRは1.5。

    心房細動に対するワーファリン管理では、

    一般的には INR 2.0〜3.0
    70歳以上では INR 1.6〜2.6

    程度が目標とされています。

    今回のINR 1.5は、
    その目標をやや下回る値でした。

    さらに、
    Dダイマーは2.5 μg/mLと上昇。

    心房細動があり、
    抗凝固も十分とは言えず、
    Dダイマーも高い。

    そのため、

    「心原性脳梗塞ではないか」

    と考えました。

    ーー

    検査値を見ていると、

    心房細動
    INR低値
    Dダイマー上昇

    これだけで病態が説明できそうに見えます。

    しかし、本当にそれだけだろうか。

    Dダイマーは、
    心原性脳梗塞だけで上昇するわけではありません。

    血栓形成や組織障害があれば、
    さまざまな病態で上昇します。

    検査値は重要です。

    けれど、
    それだけで原因を決めることはできません。

    ーー

    診断は、
    内頸動脈閉塞による脳梗塞でした。

    心臓から飛んだ血栓ではなく、

    頸部の大血管病変。

    ここで、
    自分の考え方が少し変わりました。

    心房細動がある。

    だから心原性。

    そう単純ではありませんでした。

    実際には、

    • 心房細動
    • 動脈硬化
    • 頸動脈病変

    これらが同時に存在している患者さんも少なくありません。

    脳梗塞は、
    必ずしもひとつの原因だけで起こるわけではない。

    今回、
    そのことを強く感じました。

    ーー

    HDLコレステロールは38 mg/dL。

    やや低値でした。

    HDLは、
    余分なコレステロールを回収し、
    動脈硬化を抑える方向に働きます。

    もちろん、

    HDLだけで動脈硬化を診断することはできません。

    しかし、

    高齢
    HDL低値
    内頸動脈閉塞

    これらが並ぶと、

    「血管そのものの病変」

    を考えたくなります。

    脂質異常は、
    静かに血管壁へ影響しているのかもしれません。

    ーー

    脳梗塞の分類をあらためて

    脳梗塞は大きく、

    ・心原性脳塞栓症
    ・アテローム血栓性脳梗塞
    ・ラクナ梗塞

    に分類されます。

    心房細動があると、
    どうしても心原性に目が向きます。

    しかし今回のように、

    頸動脈プラークや
    大血管病変による
    アテローム血栓性脳梗塞も存在します。

    心房細動があっても、
    原因が必ず心臓とは限らない。

    そのことを改めて学びました。

    ーー

    頸動脈とは何か

    頸動脈は、
    脳へ血液を送る重要な血管です。

    総頸動脈から分岐し、

    • 外頸動脈
    • 内頸動脈

    に分かれます。

    このうち、
    脳へ直接血流を送るのが内頸動脈です。

    内頸動脈は頭蓋内へ入り、

    • 前大脳動脈(ACA)
    • 中大脳動脈(MCA)

    へつながります。

    特に中大脳動脈領域は、

    • 運動野
    • 感覚野
    • 言語野
    • 内包

    などを栄養しています。

    そのため、
    内頸動脈が閉塞すると、

    • 反対側の片麻痺
    • 感覚障害
    • 失語

    などが出現します。

    今回の左半身麻痺も、
    血管支配とつながって見えてきました。

    ーー

    頸動脈エコーの意味

    脳梗塞患者で、
    頸動脈エコーがよく依頼されます。

    今回、
    その意味がはっきりしました。

    頸動脈エコーでは、

    • 狭窄率
    • 血流速度
    • プラーク性状
    • 可動性病変

    などを評価できます。

    つまり、

    「どこで」
    「何が起きているのか」

    を直接見にいく検査です。

    脳梗塞の原因検索だけではありません。

    • 再発予防
    • CEA適応評価
    • CAS適応評価
    • 治療方針決定

    にもつながります。

    血管を見なければ、
    分からないことがある。

    今回、
    その実感が強く残りました。

    ーー

    以前、

    • 心房細動
    • ワーファリン内服
    • 神経症状あり

    という患者さんを経験しました。

    そのときは、
    凝固検査でPT延長を認め、

    「脳梗塞だろうか」

    と考えました。

    しかし実際の診断は、

    てんかん重積性部分発作でした。

    今回も、

    • 心房細動
    • ワーファリン内服
    • 神経症状あり

    という状況でした。

    しかし結果は、

    内頸動脈閉塞による脳梗塞。

    一見似ているように見えても、
    病態は全く異なっていました。

    ーー

    ワーファリンが予防するもの、しないもの

    ワーファリンは、

    心房細動によって生じる

    • 左心耳血栓
    • 心原性脳塞栓症

    を予防するための薬です。

    しかし、

    • 頸動脈プラーク
    • 動脈硬化の進展
    • アテローム血栓性脳梗塞
    • ラクナ梗塞
    • 脳梗塞後てんかん

    まで予防できるわけではありません。

    今回の2症例を通して、

    ワーファリンで心原性脳梗塞を予防していても、他の脳梗塞や別の病態は起こり得る

    ということを改めて学びました。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    • INR低値だけで心原性脳梗塞と決めつけてはいけない
    • Dダイマー上昇も心原性脳梗塞だけを意味しない
    • 心房細動があっても原因が心原性とは限らない
    • HDL低値は動脈硬化を考えるきっかけになる
    • 内頸動脈閉塞は片麻痺の原因となる
    • 頸動脈エコーは原因検索と再発予防に重要
    • ワーファリンは心原性脳梗塞を予防するが、すべての脳血管障害を防ぐわけではない
    • 検査値は病態を考える入口であって、答えそのものではない

    ーー

    今回、
    最初に目についたのはINRでした。

    しかし実際には、

    血管。

    脂質。

    動脈硬化。

    頸動脈病変。

    さまざまな要素が関わっていました。

    ひとつの数値に囚われず、
    複数の情報を線でつなげて考えること。

    今回の症例は、
    その大切さを改めて教えてくれました。

  • 凝固異常から始まった症例

    ──────────────────

    80歳代男性。
    右半身麻痺と呂律不良で救急搬送。

    既往に脳梗塞あり。

    ──────────────────

    主訴を聞いた瞬間、
    まず思い浮かんだのは再発の脳梗塞でした。

    麻痺。
    呂律不良。
    そして脳梗塞の既往。

    「また脳梗塞かもしれない」
    と強く感じていました。

    ーー

    🔬最初に気になったのは、凝固検査。

    凝固検査では、

    ・PT 29秒
    ・INR 2.9
    ・APTT 31秒
    ・Fib 270 mg/dL
    ・Dダイマー 0.5以下

    PT延長を見た瞬間、一瞬身構えました。

    「かなり延長している」

    そう思い、カルテを確認すると、

    心房細動があり、
    ワーファリン内服中でした。

    INR 2.9 は、
    治療域上限寄りではありますが、
    ワーファリンによる抗凝固状態として説明可能でした。

    検査値は

    内服状況や背景の病態を反映します。

    💊 心房細動と抗凝固療法について

    心房細動では、心房の収縮が不規則になり、
    心房内、特に左心耳で血流がよどみやすくなります。

    心電図では、

    ・RR間隔不整
    ・f波

    を認める、典型的波形です。

    この“血液のよどみ”によって形成されるのは、
    血小板主体の動脈血栓というより、
    フィブリン主体の血栓です。

    そのため、予防には抗血小板薬ではなく、
    ワーファリンなどの抗凝固薬が使用されます。

    ーー

    その後、診断は
    てんかん重積性部分発作でした。

    脳梗塞後の瘢痕部位は、
    発作焦点となることがあります。

    さらに発作後には、

    ・一過性麻痺
    ・構音障害

    が残ることがあります。

    いわゆるTodd麻痺です。

    Todd麻痺は、
    発作後に一時的に神経機能が低下する状態で、

    ・片麻痺
    ・失語
    ・構音障害

    などを呈することがあります。

    機序は完全には解明されていませんが、

    ・発作後の神経細胞疲弊
    ・局所脳血流低下
    ・神経活動の一過性抑制

    などが関与していると考えられています。

    症状は脳梗塞と非常によく似ています。

    右半身麻痺。
    呂律不良。

    既往もある。

    症状だけを見ると、
    かなり似ています。

    だからこそ、

    後から診断が
    “発作”

    だったと知ったときは、
    正直かなり驚きました。

    Todd麻痺は時間経過とともに改善することが多いですが、
    症状だけでは脳梗塞との区別が難しく、
    まずは脳血管イベントを除外することが重要になります。

    ーー

    でも、尿検査が別の異常を示していた

    検査を進める中で、
    別の所見が目に入りました。

    尿検査です。

    ・尿潜血 2+
    ・RBC 180 /HPF
    ・非糸球体型赤血球

    さらに、

    ・集塊形成する尿路上皮細胞
    ・辺縁不整を思わせる細胞

    も認められました。

    ーー

    ワーファリンによって“見えてきたもの”

    発作や脳梗塞そのものが、
    直接血尿を起こすことは通常ありません。

    もちろん、
    ワーファリンの影響は考えられます。

    ただ、抗凝固薬は
    出血を“作る”というより、

    背景にある病変を
    “表面化させる”

    ことがあります。

    特に腫瘍では、

    ・新生血管が多い
    ・血管壁が脆い

    という特徴があります。

    通常であれば目立たない程度の微小出血でも、
    抗凝固状態では止血されにくくなり、

    結果として血尿として顕在化することがあります。

    例えば、

    ・尿路結石
    ・膀胱炎
    ・尿路上皮腫瘍

    などです。

    高齢男性。
    非糸球体型血尿。

    そして、
    集塊形成する尿路上皮細胞。

    後日、尿路病変の精査につながりました。

    今回の血尿は、
    ワーファリンだけではなく、

    背景にあった病変が、
    抗凝固状態によって“見えやすくなっていた”

    可能性が考えられました。

    ーー

    主病態の陰にあるもの

    救急では、
    どうしても主病態に意識が向きます。

    今回であれば、
    脳血管イベントです。

    それは当然のことです。

    でも、

    全身状態を把握するために行った尿検査が、
    別の可能性を示していることもあります。

    検査をしていると、
    こうした場面にときどき出会います。

    主訴とは直接関係のない所見。

    でも、
    無視していいとも言い切れない所見。

    ーー

    当直で異型細胞を見たとき

    夜間、救急対応中。

    主病態はすでに動いている。

    その中で、
    異型を疑う細胞を見つけたとき、
    どこまで踏み込むかは迷います。

    悪性と断定する必要はありません。

    ワーファリンの影響だけでは説明しきれない可能性がある。

    その違和感を、
    所見として残す。

    緊急性は高くなくても、
    フォローの必要性を示す。

    それが現実的な対応だと感じています。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    ・麻痺や構音障害は、必ずしも脳梗塞とは限らない
    ・Todd麻痺は脳梗塞と非常によく似る
    ・凝固検査から、患者背景が見えてくることがある
    ・心房細動では、抗血小板薬ではなく抗凝固薬が重要になる
    ・抗凝固薬は、背景病変を“見えやすくする”ことがある
    ・検査値は、主訴以外の異常を示していることがある

    ーー

    検査値は、
    主訴だけを映しているわけではありません。

    今回の症例は、
    そのことをあらためて考えさせるものでした。

  • 発熱がないのに、嫌な予感がした朝

    ──────────────────

    70歳代男性。
    大腸癌術後。

    ──────────────────

    早朝、突然のシバリング。
    しかし体温は平熱でした。

    「熱がないなら、様子見なのかな?」

    一瞬、そう思いかけました。

    しかし採血結果を見て、
    違和感は確信に変わりました。

    ーー

    ・WBC 12,300 /μL
    ・好中球 89 %
    ・CRP 29 mg/dL
    ・Hb 10 g/dL
    ・PLT 31万 /μL

    大腸手術後のCRPは、通常POD2〜3(術後2〜3日)で10〜15程度をピークに、その後下降していきます。

    ところがCRP 29。

    これは「術後反応」としては説明しにくい値でした。

    さらに好中球優位。

    そして何より

    シバリング。

    悪寒戦慄は、単なる寒気ではありません。

    菌血症を強く疑う症状のひとつです。

    高齢者では、発熱より先に悪寒が出ることがあります。

    むしろ、発熱がないことは安心材料にはならない。

    そんな印象を受けました。

    ーー

    これは敗血症の入り口かもしれない

    この時点で疑ったのは、

    ・縫合不全
    ・腹腔内膿瘍
    ・カテーテル関連血流感染

    そして、それに伴う菌血症でした。

    敗血症を考えるとき、
    qSOFAは重症化リスクを見る一つの手がかりになります。

    ただし、qSOFAだけで敗血症を判断するものではありません。

    呼吸数、血圧、意識状態に加えて、
    乳酸値や感染巣の有無を合わせて評価する必要があります。

    この時点では、血圧は保たれていました。

    しかし、

    ・CRP 29
    ・好中球優位
    ・シバリング

    という組み合わせは、

    「これから崩れる可能性がある状態」

    として見ておく必要があると感じました。

    ーー

    発熱がないからこそ、危ない

    術後患者でCRP 20以上。
    そこにシバリングが重なる。

    これは「これから崩れる」前兆の可能性があります。

    敗血症は、突然悪化したように見えて、
    実は静かに進行していることが少なくありません。

    この段階で考えられる対応は、

    ・血液培養
    ・乳酸値測定
    ・感染源検索
    ・抗菌薬調整

    でした。

    実際、このあと抗菌薬は増強されていました。

    まだ血圧は保たれており、
    qSOFAを満たす状態ではありませんでした。

    それでも、

    「このままでは危ないかもしれない」

    という臨床判断があったのだと思います。

    数値が大きく崩れる前に動く。

    今回の症例では、
    その重要性を強く感じました。

    ーー

    あの朝の違和感

    「熱がないのに、何かおかしい。」

    その直感は、
    CRPの高さと好中球比率、
    そしてシバリングが裏付けていました。

    発熱は、最後に現れることもあります。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    ・悪寒戦慄は菌血症を疑う重要なサインになる
    ・発熱がなくても、重症感染は否定できない
    ・術後CRPは「どのくらい高いか」だけでなく「経過」が重要
    ・敗血症は、崩れる前から静かに進行していることがある
    ・数値が大きく動く前の違和感を大切にする

    ーー

    検査値は、
    派手に異常を示すとは限りません。

    むしろ、

    「まだ大きく崩れていないのに、何かおかしい」

    そんな違和感の中に、
    危険のサインが隠れていることがあります。

    今回の症例は、
    それをあらためて考えさせられた一例でした。

  • 手術のあと、ALPとγGTが下がった話 ──「下がる検査値」って、どう読む?

    いつも通り採血結果を眺めていたときのことです。
    術後の患者さんのデータを見て、私は思わずメモを残しました。

    理由はシンプルで、“下がっていたもの”が意外だったからです。

    ──────────────────

    70歳代女性。
    大腸癌による絞扼性イレウスに対し、手術施行。
    術後3日の採血結果。

    ──────────────────

    術後のデータは、

    ・ALPが低下
    ・γGTが低下
    ・Albが低下
    ・Hbが低下

    という結果でした。

    血液ガスでは
    乳酸 19 mg/dL(およそ2 mmol/L程度)の軽度上昇を認めていました。

    ーー

    AlbやHbが下がるのは、納得できます。

    ・Hb低下:手術侵襲や出血、輸液による希釈
    ・Alb低下:炎症、輸液、代謝ストレス、摂取不足

    術後であれば、自然な変化です。

    一方で、引っかかったのは
    ALPとγGTも下がっていたことでした。

    これらの酵素は、

    ・胆道系
    ・上昇したときに意味がある

    という印象が強く、

    「下がるってどういうことだろう」

    と感じました。

    ーー

    🔬低値のときに考えること

    胆道系酵素は「上昇」に目が向きがちですが、
    「低値」にも意味があることがあります。

    例えば、

    ・輸液による希釈
    ・栄養不良
    ・重度の肝機能低下

    などでは、ALPが低下することがあります。

    また、

    ・亜鉛欠乏
    ・甲状腺機能低下

    といった状態でも低値を示します。

    ALPは亜鉛を補因子とする酵素であるため、
    亜鉛欠乏では活性が低下します。

    また、マグネシウムなども酵素活性に関与しますが、臨床的にはまず亜鉛欠乏を考えることが多いです。

    甲状腺機能低下症では、
    全身の代謝が低下することで骨代謝が低下し、
    骨由来のALP産生が減少します。
    この場合、胆道系由来のALPの変動ではないことに注意です。

    ただし、これらは慢性的な要因であり、
    急性期の変化としては優先度を考える必要があります。

    ーー

    術後の胆道系酵素はどう動くのか

    一般的に、術後の胆道系酵素は

    軽度上昇→ その後安定、あるいは低下

    という流れをとります。

    術後早期には、

    ・手術侵襲
    ・炎症反応
    ・循環動態の変化

    により、

    肝血流が低下し、
    肝細胞の働きが一時的に落ちるます。

    その結果、

    胆汁を送り出す力が弱くなり、
    胆汁の流れが滞る「機能的うっ滞」が起こります。

    このような状態では、

    ・胆汁の流れが低下
    ・肝細胞や胆管上皮にストレスがかかる

    ことで、

    ALPやγGTが血中へ漏れ出し、上昇すると考えられています。

    ここでの“うっ滞”は、

    ・胆管が詰まる閉塞ではなく
    ・「流れにくい状態」

    として捉えるほうが近いと思います。

    ーー

    🔬今回(術後3日)の低下をどう考えるか

    今回のポイントは、
    術後3日という比較的早いタイミングで低下していたことでした。

    このタイミングを考えると、

    ・輸液による希釈
    ・急性期の栄養状態の変化
    ・代謝ストレス

    といった影響が、より関与している可能性が高いと考えました。

    また、ALPやγGTは変動が比較的緩やかな項目であり、
    短期間の低下をそのまま「回復」と結びつけることは難しいと感じました。

    一方で、

    全身状態の変化に伴い、
    肝細胞の機能や胆汁排泄のバランスが整いつつあった可能性もあり、

    複数の要因が重なった結果としての低下と考えるのが自然だと思いました。

    ーー

    血ガス:乳酸とpH、そして代償

    絞扼性イレウスという背景から、
    軽度の乳酸上昇は説明可能です。

    今回のpHは 7.41 と保たれており、
    明らかなアシドーシスには至っていませんでした。

    しかし、

    pHが正常であっても、乳酸上昇がある場合には、
    代謝性アシドーシスの要素が隠れている可能性があります。

    このような場合は、

    pHだけで判断するのではなく、
    HCO₃⁻やPaCO₂をあわせて確認し、
    代償が適切かどうかを見ることが重要です。

    今回も、

    体内では酸負荷が生じていた可能性があり、
    それを代償によって保っている状態であったのかもしれません。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    ・胆道系酵素は「低値」でも意味を持つことがある
    ・術後の検査値は、全身状態の影響を強く受ける
    ・ALPは複数の臓器由来であり、単独では評価できない
    ・胆道系の評価はγGTなどと組み合わせて考える必要がある
    ・pHが正常でも、代謝異常が隠れていることがある

    そして、

    低値を見たときほど、
    局所ではなく「全身状態」を考えることが大切だと感じました。

    ーー

    検査値は、
    上がったときに目が行きがちです。

    でも今回のように、

    下がった値にも、
    背景となるストーリーがあるのかもしれない

    そう思えた症例でした。

  • 派手な検査値の向こうに、静かな脳出血があった

    検体を見て、まず目に入ったのは糖尿病の検査値でした。

    __________________

    血糖値:360 mg/dL
    尿糖:4+
    HbA1c:10.0 %

    __________________

    「ずいぶん高いな」
    「何か月も高血糖が続いている状態だ」

    正直、最初に頭に浮かんだのは
    糖尿病の管理ができていない、ということでした。

    ーー

    血糖360、HbA1c 10。
    検体としては、かなり派手な値です。

    この人、普段ちゃんと通院しているのかな
    合併症は大丈夫だろうか

    そんなことを考えずにはいられませんでした。

    白血球数は1万程度で、
    強い感染を示唆するほどではありません。

    検査値だけを見ると、
    「主役は糖尿病」
    そんな印象を受けました。

    ーー

    しかし、実際の主病態は別にありました。

    後から分かった診断は、被殻出血。
    来院時には、麻痺も認められていました。

    さらに診療録には、
    高血圧性脳症という言葉が記載されていました。

    最初に検査値だけを見て想像した病態とは、
    まったく違う方向でした。

    ーー

    脳出血の検体は、意外と静かな値です。

    脳出血と聞くと、

    出血している
    Hbが下がるのでは
    輸血が必要なのでは

    と考えがちですが、
    実際にはそうでないことも多くあります。

    被殻出血のような脳出血は、

    出血は局所的
    血管外出血
    全身循環への影響は限定的

    そのため、

    Hbは保たれている
    検体上、大きな異常が出にくい

    ということが少なくありません。

    命に関わる病態でも、
    検査値は静かなことがある。

    このギャップが、
    臨床ではしばしば起こります。

    ーー

    今回の症例で、
    糖尿病は主病態ではありませんでした。

    しかし、

    HbA1c 10 が示す長期高血糖
    血管内皮障害
    細動脈の脆弱化

    これらは確実に存在していました。

    脳出血を起こしやすい「土台」を作っていた。

    そう考えると、
    最初に糖尿病の検査値が目についたことにも
    意味があったように思います。

    ーー

    この症例では、
    高血圧性脳症という診断もついていました。

    高血圧性脳症は、

    急激な血圧上昇
    脳血管の自己調節能の破綻
    血管原性脳浮腫

    によって起こる状態です。

    高血圧により脳に流入する血液が増加すると、
    毛細血管から血漿成分が血管外へしみ出し、
    脳浮腫が生じて頭蓋内圧が亢進します。

    糖尿病による血管障害があると、
    この自己調節能はさらに低下します。

    そこに高血圧が重なり、

    高血圧性脳症
    被殻出血

    が生じたと考えると、
    病態は一つの流れとして理解できます。

    ーー

    国試では、
    糖尿病の合併症 → 脳血管障害、虚血性心疾患、壊疽
    と暗記していました。

    でも実際の現場では、

    糖尿病が前面に出てこない
    でも確実に背景として存在する

    そんな形で現れます。

    今回の症例は、

    国試の知識が
    臨床の中で「静かに効いている」

    ことを実感した症例でした。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    ・派手な検査値が、主病態とは限らない
    ・脳出血は検体に現れにくいことがある
    ・糖尿病は、合併症の背景として重要
    ・高血圧性脳症は、脳出血と連続した病態
    ・国試の知識は、臨床で必ずつながる

    ーー

    おわりに

    検体を見て、最初に気づいた異常は
    主役ではなく背景でした。

    この症例は、
    検査値と病態の距離感を
    あらためて教えてくれた一例でした。

  • 尿の色から、病態につながった話

    尿検体を見て、
    ふと手が止まりました。

    やけに黄色い。
    しかも、少し蛍光っぽい。

    普段の尿とは明らかに違う印象でした。

    「何か薬剤の影響かな」

    そう思い、カルテを開きました。

    ーー

    服薬歴を確認すると、
    アドナ内服中と記載がありました。

    なるほど、
    尿の色はこれが原因だと考えられました。

    そう思いながら、
    さらにカルテを確認していくと──

    外傷性硬膜下血腫と記載されていました。

    ーー

    そこで、
    ある検査値を思い出しました。

    Dダイマーです。

    血腫が形成されているのであれば、
    高値になっていてもおかしくないと考えました。

    しかし、
    この症例ではDダイマーは低値。

    むしろ、上がっていないことに違和感がありました。

    「血腫があるのに、
    なぜDダイマーは低いのだろう」

    一瞬、矛盾しているように感じました。

    ーー

    カルテを読み進めていくと、

    受傷は、
    当院受診の1日前でした。

    すでに他院で、

    ・アドナ
    ・トラネキサム酸
    ・グリセリン製剤

    が投与されていました。

    つまり、

    ・血管外出血は存在している
    ・しかし線溶は抑制されている
    ・全身の凝固線溶系は強く活性化していない

    そのため、

    Dダイマーが低値であった

    と考えると、
    すべてが腑に落ちました。

    ーー

    外傷性硬膜下血腫という病態

    外傷性硬膜下血腫は、

    ・頭部外傷を契機に
    ・架橋静脈の損傷などによって
    ・硬膜とくも膜の間に出血を生じる病態です。

    血管が破綻し、血液は漏れ出ていますが、
    出血は血管外で起きています。

    局所では止血・凝固反応は生じていますが、
    必ずしも全身の凝固線溶系が強く活性化するわけではありません。

    そのため、

    ・血腫が存在していても
    ・Dダイマーが上昇しないことがある

    という点は、
    検査値を解釈するうえで重要なポイントになります。

    また、高齢者では、

    ・脳萎縮
    ・架橋静脈の伸展
    ・高血圧

    といった背景から、
    軽微な外傷でも発症することがあります。

    ーー

    アドナが使われていた理由

    この症例では、
    他院でアドナ(カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム)が投与されていました。

    アドナは、

    ・凝固因子を活性化する薬剤ではなく
    ・血栓を形成する薬剤でもありません

    毛細血管の透過性を抑え、
    血管壁を安定させることを目的とした止血薬です。

    外傷性硬膜下血腫のように、

    ・血管外出血が存在し
    ・再出血や血腫拡大が懸念される状況

    では、

    全身の凝固線溶系を大きく動かさずに、
    局所の出血悪化を防ぐ目的で使用されることがあります。

    また、アドナは
    尿中に排泄される際に強い黄色から蛍光色を呈するため、
    今回認められた尿の異常発色は
    薬剤によるものであったと考えられました。

    ーー

    正常値でも、重症な状態が隠れていることがあります

    検査側は、
    どうしても数値から考えることが多くなります。

    パニック値が出れば、
    病態を想像しやすい一方で、

    数値が正常範囲内であると、
    そのまま流してしまうこともあります。

    しかし臨床では、

    ・検査値が正常であっても
    ・手術や厳重な経過観察が必要な状態

    が存在します。

    今回の症例では、

    ・Dダイマーは低値
    ・しかし画像では血腫が存在し
    ・血圧も高値でした

    数値だけを見ていたら、
    見落としていたかもしれません。

    ーー

    医師と、検査側の視点の違い

    医師は、
    病態から検査値を想像することが多いと思います。

    一方、検査側は、
    検査値から病態を想像する立場です。

    考える方向は異なりますが、
    どちらも臨床には欠かせません。

    今回の症例は、
    その違いをあらためて実感する機会となりました。

    ーー

    💡この症例から学んだこと

    ・血腫があっても、Dダイマーは必ずしも上昇しない
    ・Dダイマーは、凝固と線溶の結果を反映する検査である
    ・正常値であっても、重症な病態が隠れていることがある
    ・数値以外の情報が、考察のきっかけになる

    そして、

    検体は、ときにこちらにヒントを与えてくれる存在だと感じました。

    ーー

    おわりに

    いつもの検体。
    いつもの測定。

    しかし、その中に
    学びのきっかけが隠れていることがあります。

    この症例は、
    それを改めて教えてくれました。

  • Naは正常。それでも脱水だった

    ──────────────────

    60歳代女性。
    心窩部痛を主訴に、救急外来を受診。

    ──────────────────

    検査をしていて、
    いくつか気になる数値がありました。


    ・ヘモグロビン:16.0 g/dL
    (血液ガスでも Hb:15.9 g/dL )
    ・カルシウム:10.8 mg/dL
    ・Na 基準範囲内

    どこか違和感がありました。

    ――

    ヘモグロビンが高い

    ヘモグロビンは16.0 g/dL。
    血液ガスでも15.9 g/dL。

    致命的な異常ではありませんが、
    いつもよりやや高い印象でした。

    「脱水かな?」

    そう思って、メモを残しました。

    ――

    Naは正常。それでも脱水?

    脱水を考えると、
    「Naが上がるはずでは?」
    と一瞬思います。

    でも、この患者のNaは正常範囲でした。

    ここで大事なのは、
    脱水=高Na血症ではないということです。

    ーー

    脱水には“種類”があります。

    今回のような腹部疾患では、

    ・腸管内への体液移動
    ・第三腔への体液シフト

    が起こります。

    このとき移動するのは、
    水だけでなくNaを含む等張液です。

    水とNaは血管壁を自由に移動できます。

    Naは細胞外液の主要な電解質であり、
    その濃度差が生じると水が移動してバランスを取ろうとします。

    そのため、体液が移動する際には
    Naと水が一緒に動く(等張のまま移動する)形になり、
    血清Na濃度は大きく変化しないことがあります。

    ・循環血漿量は減る
    ・ヘモグロビンは相対的に高く見える
    ・カルシウムも相対的に上昇する

    一方で、

    ・Naは水と一緒に移動するため
    ・血清Naは正常のまま

    という状態が生じます。

    ーー

    ここで気になったのは、
    「なぜ腸管内に水が移動するのか」という点でした。

    腸管の血管は、腸の外ではなく、
    腸壁の中(特に粘膜下層)に存在しています。

    腸管が嵌頓すると、

    ・血流障害
    ・うっ血
    ・炎症

    が起こり、血管透過性が亢進します。

    その結果、
    血管内の水分が腸管壁へ漏れ出し、
    さらに腸管内へと移動していきます。

    加えて、腸管内では内容物の停滞により
    浸透圧が上昇し、水分を引き込みやすい状態になります。

    さらに腸液分泌も亢進するため、

    血管内 → 腸管壁 → 腸管内

    へと水分が移動し、
    体液が循環系に戻らない「第三腔(third spacing)」として貯留します。

    体の中には水が存在していても、
    循環には使われない状態です。

    ――

    腸管内の水は戻らないのか

    本来、腸管内の水分は吸収されて血管へ戻ります。

    しかしこのような病態では、

    ・腸管の血流低下
    ・粘膜障害
    ・炎症

    により吸収機能が低下します。

    直接「吸収できていない」と証明することは難しいですが、

    循環血漿量低下を示す所見(Hb上昇など)と、
    体内に水が存在している状況を合わせて考えると、

    水分が腸管内にとどまり、
    循環に戻れていない状態と考える方が自然でした。

    ーー

    その後わかった診断

    後に判明した診断は、

    術後の嵌頓を伴う腹壁ヘルニア。

    腸管が嵌頓し、
    腸内に内容物が長時間貯留していました。

    ーー

    なぜ術後にヘルニアが起きるのか

    この患者には下腹部の手術歴がありました。

    下腹部の手術では、

    ・下腹部正中切開
    ・腹壁筋膜の脆弱化

    が起こりやすくなります。

    さらに、

    ・加齢
    ・便秘
    ・腹圧上昇

    が重なることで、
    術後しばらく経ってから腹壁ヘルニアを生じることがあります。

    瘢痕部は硬く狭いため、
    腸管が入り込むと戻りにくく、嵌頓を起こしやすい状態になります。

    ――

    この症例で起きていたこと

    この症例では、

    ・腸管嵌頓
    ・腸管内への体液シフト
    ・経口摂取不良

    が重なり、

    ・循環血漿量低下
    ・相対的Hb上昇
    ・Ca相対的上昇

    という状態になっていたと考えられました。

    ーー

    この症例のポイント

    派手な異常値はありませんでした。

    でも、

    ・「基準範囲内だけど、いつもより高い」
    ・「Naは正常だけど、脱水を疑った」

    この違和感が、
    あとから診断ときれいにつながりました。

    ーー

    💡学んだこと

    ・脱水=高Na血症とは限らない
    ・体液シフトではNaも一緒に移動する
    ・腸管は“第三腔”になりうる
    ・体の中に水があっても、循環に使えないことがある
    ・検査値は「絶対値」だけでなく「いつもとの違い」で見る

    ――

    検査値は、
    ときに小さな違和感として現れます。

    その違和感を拾えるかどうかで、
    見える景色は大きく変わるのかもしれません。

  • Dダイマーパニック値!  ── 血栓だけを疑って、思考を止めないために

    救急外来からの検体を確認していると、
    ときどき一瞬、手が止まるような数値に出会います。

    Dダイマー 100以上 μg/mL(FEU)。

    この値を見て、
    「どこかに血栓があるのでは?」
    と考えるのは、ごく自然な反応だと思います。

    私自身も、最初はそう思いました。

    でも今回の症例は、
    それだけでは説明できない背景を持っていました。

    __________________

    80歳代男性。
    COVID陽性で入院目的に救急外来受診。

    __________________

    主な検査所見は以下の通りです。

    ・白血球:10,800 /μL(好中球 91%)
    ・血小板:10万 /μL
    ・CRP:10 mg/dL
    ・Na:161 mEq/L
    ・BUN:67 mg/dL
    ・Cr:1.2 mg/dL
    ・CK:307 U/L
    ・AST:49 U/L
    ・ALT:69 U/L
    ・Dダイマー:100以上 μg/mL(FEU)(パニック値)
    ・RPR:陽性
    ・TPAb:陰性

    尿検査では、

    ・潜血 2+
    ・赤血球 40 /HPF
    ・白血球 40 /HPF
    ・細菌 多数

    尿路感染症(腎盂腎炎再発)が強く疑われる所見でした。

    ――

    Dダイマー高値を見て、まず考えたこと

    Dダイマーは、
    形成されたフィブリン血栓が分解された結果として生じる物質です。

    つまり、

    血栓ができた
    それが壊された

    その「痕跡」を見ている検査です。

    だからまず、
    血栓症(DVT、PEなど)を考える。

    ただ、この時点で
    思考を止めないことが大切です。

    ――

    この患者さんの背景にあったもの

    この患者さんには、重要な既往がありました。

    過去に「悪性症候群」疑いで治療された経緯です。

    高熱、CK上昇、AST・ALT上昇、CRP高値。
    ダントロレン投与で軽快。

    ――

    悪性症候群という病態

    悪性症候群は、
    抗精神病薬などによるドパミン遮断を契機に起こる、
    全身性の重篤な副作用です。

    特徴として、

    ・高熱
    ・筋強剛
    ・横紋筋融解
    ・強い炎症反応
    ・自律神経障害

    が挙げられます。

    そして重要なのは、

    感染がなくても、敗血症のような全身炎症状態を作る

    という点です。

    この既往から、
    炎症刺激に対して反応が強く出やすい背景があると考えられました。

    ――

    今回、何が起きていたのか

    今回のトリガーは明確でした。

    ・尿路感染症
    ・COVID感染

    この2つが重なり、

    炎症性サイトカイン上昇
    免疫細胞(単球・マクロファージ)活性化

    が起こったと考えられます。

    ――

    感染で、なぜ凝固が動くのか

    感染や強い炎症が起きると、

    血管内皮細胞
    単球・マクロファージ

    が活性化され、組織因子(TF)が発現します。

    これは外因系凝固のスイッチです。

    本来は病原体の拡散を防ぐための反応ですが、
    過剰になると、

    微小血栓が全身で形成され、
    同時に線溶系も活性化されます。

    結果として、

    血栓が作られては壊される

    という状態が繰り返され、
    Dダイマーが著明に上昇します。

    ――

    Dダイマー高値=血栓、とは限らない

    今回のDダイマー高値は、

    局所的な大血栓(PEやDVT)を
    直接示しているとは限らず、

    むしろ、

    感染と炎症によって、
    凝固線溶系が全身で回っている状態

    を反映していると考える方が自然でした。

    ――

    さらに重なった要因:脱水

    入院前、この患者さんは食事摂取が不十分でした。

    高齢、感染、発熱、COVID。

    その結果、

    自由水欠乏
    高Na血症(Na 161)
    血液濃縮

    が起きていました。

    血液が濃くなることで、

    血流低下
    凝固因子濃度上昇

    が生じ、凝固が起こりやすい状態になります。

    ――

    🔬検査側として、次に考えたこと

    Dダイマーが極端に高値の場合、
    測定系への影響も一度考える必要があります。

    Dダイマーは免疫学的測定法であり、

    異種抗体
    リウマトイド因子
    高Ig血症

    などの影響で、非特異的に高値を示すことがあります。

    そこで、

    RF
    IgG・IgA・IgM

    を測定し、上昇がないことから、これらの測定系への影響が考えにくいことを確認しました。

    結果として、
    この高値は測定誤差ではなく、病態を反映していると判断しました。

    ――

    RPR陽性という、もう一つの引っかかり

    この症例では、

    RPR陽性
    TPAb陰性

    という結果も認められました。

    ――

    生物学的偽陽性という考え方

    RPRは梅毒菌そのものではなく、
    リン脂質に対する非特異抗体を検出する検査です。

    感染や炎症で細胞が破壊されると、
    細胞膜由来の脂質が露出し、

    それに対する抗体が一時的に産生されることで、
    RPRが陽性となることがあります。

    TPAb陰性であることから、
    本症例は梅毒感染ではなく、生物学的偽陽性と考えられました。

    ――

    術前検査で、梅毒検査がオーダーされることはよくあります。

    でも、

    ・RPR陽性
    ・TPAb陰性

    という結果を見たとき、

    感染や炎症による偽陽性かもしれない

    という視点を持つことで、
    不要な混乱を防ぐことができます。

    ――

    💡この症例から学んだこと

    ・Dダイマー高値は血栓だけを意味しない
    ・感染・炎症で凝固は全身性に動く
    ・脱水は凝固亢進を助長する
    ・免疫学的測定では非特異反応も考える
    ・RPRは非特異検査である
    ・検査値は背景とセットで読む

    ――

    最後に

    検査値は、単独では答えを出してくれません。

    でも、背景と流れをつなげて考えたとき、
    はじめて意味を持つ。

    この症例は、
    それを改めて教えてくれました。

  • アルカローシスを読み解く ── pHだけでは読み取れなかったこと

    __________________

    pH 7.50。

    __________________

    血液ガスを見た瞬間、
    最初に目に入ったのは pH 7.50。

    アルカレミア。

    一見すると、
    「大きな問題はなさそう」と感じてしまう値でした。

    でもこの血ガス、
    順番どおりに背景と一緒に読んでいくと、

    “かなり無理をして保たれている状態”

    だということが見えてきます。

    ――

    まずは血ガスデータだけお見せします。

    ・pH:7.50
    ・PaCO₂:37 mmHg
    ・PaO₂:74 mmHg
    ・HCO₃⁻:28 mEq/L
    ・Na:138 mEq/L
    ・K:3.3 mEq/L
    ・Cl:108 mEq/L
    ・Lactate:4.0 mmol/L

    ――

    pHから考える

    まずは基本どおり、pHから。
    pH 7.50より、アルカレミアです。

    ――

    原発性障害は何か

    HCO₃⁻は28 mEq/Lと高値。
    原発性障害は代謝性アルカローシスと判断しました。

    ――

    代償は適切か?

    代謝性アルカローシスに対する呼吸性代償は、次の式で考えます。

    予測 PaCO₂ ≒ 0.7 ×(HCO₃⁻ − 24)+ 40

    本症例では、

    0.7 × (28 − 24) + 40 ≒ 43 mmHg

    実測のPaCO₂は37 mmHg。

    予測より明らかに低く、
    呼吸性アルカローシスの合併が示唆されました。

    ――

    ここまでの一次評価

    原発性は代謝性アルカローシス。
    代償は不十分で、呼吸性アルカローシスが合併しています。

    酸塩基異常の型はここで整理できます。

    ――

    酸素化は本当に保たれているか?

    酸素マスク8 L/min投与中。
    FiO₂約0.5とすると、

    PaO₂ 74 mmHg、P/F比 約150。

    中等度の酸素化不良です。

    pHがアルカリ側でも、
    呼吸には余裕がある状態ではありませんでした。

    ――

    次に確認する:アニオンギャップ(AG)

    AG = Na − Cl − HCO₃⁻

    138 − 108 − 28 ≒ 1

    一見すると低値です。

    ――

    追加情報:アルブミン 1.3 g/dL

    アルブミンは主要な未測定アニオンです。

    低アルブミン血症ではAGは過小評価されます。

    補正AG ≒ 実測AG + 2.5 ×(4.0 − Alb)

    本症例ではおよそ +7 程度の補正が必要です。

    ――

    Lactate 4.0 mmol/L と背景

    Lactateは4.0 mmol/L。

    極端な高値ではありませんが、正常ではありません。

    術後で輸血を受けており、
    酸素運搬能はある程度保たれていた可能性がありますが、

    組織レベルではストレスが残っていたと考えられます。

    ――

    ここまでをまとめると、

    AGは低アルブミンにより過小評価されており、
    見かけよりも異常が隠れている可能性があります。

    Lactate上昇を踏まえると、

    「アシドーシスの芽」が
    背景に存在していると考えられました。

    ――

    背景:回腸ストーマという要因

    この患者さんは回腸ストーマ造設後でした。

    水分・Na・Cl・Kが持続的に喪失され、
    体液量減少、低Cl、低Kが同時に起こりやすい状態です。

    ――

    なぜアルカローシスになるのか

    体液量が減少すると、
    Naを保持しようとする働きが強まり、
    近位尿細管でのNa再吸収が亢進します。

    Naの再吸収はHCO₃⁻の再吸収と連動しているため、

    Naを体内に戻そうとする動きそのものが、
    結果としてHCO₃⁻の増加につながります。

    ――

    さらに、RAASが活性化し、
    アルドステロンの分泌が亢進します。

    アルドステロンは集合管でのNa再吸収を促進すると同時に、
    KとH⁺の排泄を増加させます。

    その結果、

    K排泄亢進 → 低K
    H⁺排泄亢進 → 血中H⁺低下(アルカローシス)

    が生じます。

    ――

    低Kのとき、 なぜH⁺が細胞内へ取り込まれるのでしょうか。

    これは濃度だけではなく、
    細胞内外の電荷バランスによる動きと考えられます。

    血中Kが低下すると細胞内のKが外へ移動し、
    その不足を補うようにH⁺が細胞内へ取り込まれることで、
    結果として血中H⁺が低下し、アルカローシスが助長されます。

    さらに腎臓では、
    α間在細胞によるH⁺分泌が亢進し、
    新たなHCO₃⁻が血中に供給されます。

    ――

    一方、低Clの状態では、
    集合管のβ間在細胞によるHCO₃⁻排泄がうまく働きません。

    この細胞はCl⁻と引き換えにHCO₃⁻を排泄するため、
    尿細管腔内にCl⁻が不足していると、
    HCO₃⁻を体外へ捨てることができなくなります。

    その結果、
    アルカローシスを是正したくても是正できない状態になります。

    ――

    つまり、

    Na再吸収によるHCO₃⁻増加

    アルドステロンによるH⁺排泄

    低KによるH⁺喪失

    低ClによるHCO₃⁻排泄障害

    という複数の機序が重なることで、
    アルカローシスが持続しやすい状態が成立していました。

    ――

    輸血とクエン酸

    輸血にはクエン酸が含まれています。

    クエン酸は代謝される過程でH⁺を消費し、
    塩基負荷と同様の作用を示します。

    単独では大きな影響は少ないものの、
    背景条件によってはアルカローシスを助長する要因となります。

    ――

    この血ガスの正体

    Cl反応性代謝性アルカローシスを主体とし、
    呼吸性アルカローシスが合併。

    さらに酸素化不良、
    低アルブミンによるAG過小評価、
    Lactate上昇、
    クエン酸負荷が重なった、

    複合的な酸塩基異常と考えられました。

    ――

    💡この症例の学び

    ・血ガスは順番どおりに読む
    ・代償を確認してからAGを見る
    ・AGはアルブミンとセットで考える
    ・アルカローシスは「腎で捨てられない」と遷延する
    ・背景(ストーマ・輸血)を合わせて考える
    ・pHがアルカリでも、患者が安定しているとは限らない

    ――

    pHがアルカリ側であっても、
    患者の状態が安定しているとは限りません。

    数値の裏にある病態を、
    順を追って読み解くことの重要性を感じた症例でした。

  • 貧血で紹介された症例から見えた全身の変化

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    高齢男性。
    他院で貧血を指摘され、当院を受診。
    既往:うつ病

    __________________

    まず、検査データを確認しました。

    【検査結果】

    WBC 11,000 /µL
    CRP 8.0 mg/dL
    PCT 0.69 ng/mL

    BUN 140 mg/dL
    Cr 3.7 mg/dL
    UA 12 mg/dL
    K 5.7 mEq/L
    Cl 117 mEq/L
    浸透圧 340 mOsm/kg

    AST 200 U/L
    ALT 212 U/L
    LD 290 U/L
    ALP 145 U/L
    ChE 189 U/L
    T-Bil 0.4 mg/dL
    D-Bil 0.2 mg/dL

    TP 5.5 g/dL
    Alb 2.8 g/dL
    LDL 31 mg/dL
    HDL 29 mg/dL
    TG 130 mg/dL

    RBC 2.2 ×10⁶/µL
    Hb 7.7 g/dL
    MCV 103 fL
    RET 2.2 %
    RET-Hb 35 pg
    PLT 17万 /µL

    APTT 18 sec

    尿:pH7.0、蛋白1+、潜血1+、RBC 1/HPF、尿細管上皮細胞+、桿菌+

    貧血で紹介された症例でした。

    ただ、データを眺めていると、
    貧血だけでは説明できない印象を受けました。

    ――

    まず目に入ったのは、栄養状態でした。

    Alb 2.8 g/dL、TP 5.5 g/dL。

    脂質も低値で、慢性的な低栄養が示唆されます。

    ChEの低下も、肝合成能や栄養状態の低下を反映している可能性があります。

    体はすでに消耗した状態にあるように見えました。

    ――

    次に、炎症の存在です。

    WBCは軽度上昇、CRPは高値、PCTも軽度上昇しています。

    尿中には桿菌が認められました。

    まずは尿路感染症を疑いました。

    ――

    感染が加わると、体は防御反応としてエネルギー消費を増やします。

    サイトカインの影響により、
    筋肉や脂肪が分解され、エネルギー源として利用される状態になります。

    いわゆる「カタボリック(異化亢進)」の状態です。

    体を守る反応ではありますが、
    同時に全身の消耗を進めます。

    ――

    AST・ALTの上昇から肝細胞障害が示唆されます。

    胆道系酵素やビリルビンは大きく上昇しておらず、
    重度の肝疾患というよりは、

    脱水や感染による低灌流や、
    全身ストレスに伴う軽度の肝障害の可能性が考えられました。

    ――

    腎機能の異常も目立ちました。

    BUN 140 mg/dL、Cr 3.7 mg/dL。

    BUN/Cr比は高値で、
    脱水と感染ストレスが重なった腎前性要素の強い急性腎障害が考えられました。

    カタボリック状態では蛋白分解が進むため、
    尿素窒素(BUN)が上昇しやすくなります。

    そこに脱水が加われば、
    さらに数値は上昇します。

    K高値や浸透圧上昇も、
    腎排泄低下と体液バランスの乱れを支持する所見でした。

    ――

    改めて貧血を見ます。

    Hb 7.7 g/dL、MCVは100以上で大球性です。

    RET-Hbは保たれており、
    鉄欠乏は強くは示唆されません。

    栄養不良では鉄欠乏による小球性貧血をきたすこともありますが、
    今回のような大球性変化は、葉酸やビタミンB12不足などの関与も考えられます。

    さらに、感染による消耗や腎機能低下による造血低下も重なり、
    複数の要因が関与している可能性がありました。

    貧血は単独の問題というより、
    全身状態の悪化の一部のように見えました。

    ――

    全体像として

    低栄養状態の患者が、
    感染を契機にカタボリック状態に入り、

    脱水、急性腎障害、電解質異常、
    そして貧血の進行を呈している状態が考えられました。

    紹介理由は「貧血」でした。

    しかし実際には、
    炎症、腎機能、栄養、造血が連鎖していました。

    ――

    💡この症例の学び

    ・紹介理由(貧血)だけでなく、全身の状態を捉えることが重要
    ・栄養状態は病態の土台となり、感染で一気に崩れることがある
    ・カタボリック状態では、BUN上昇など全身の消耗が検査値に反映される
    ・貧血は単独の問題ではなく、栄養・炎症・腎機能が関与する結果として現れることがある
    ・検査値は個々ではなく、並べてみることで全体像が見えてくる

    ――

    数値を一つずつ見るとばらばらに見えます。

    けれど並べてみると、
    体が消耗していく流れが見えてきます。

    検査値は、
    全身で起きている変化を映していました。

    こうした変化の背景にある「カタボリック」という状態については、
    別で整理してみたいと思います。