──────────────────
70歳代男性。
左半身麻痺を主訴に救急外来を受診。
既往 : 心房細動
──────────────────
片麻痺。
そして心房細動。
まず思い浮かんだのは、
心原性脳梗塞でした。
ーー
検査データ
- PT 15秒
- PT活性 48%
- PT-INR 1.5
- Dダイマー 2.5 μg/mL
- HDLコレステロール 38 mg/dL
- NT-proBNP 600 pg/mL台
ーー
最初に見えたのは「心原性らしさ」
ワーファリン内服中にしては、
INRは1.5。
心房細動に対するワーファリン管理では、
一般的には INR 2.0〜3.0
70歳以上では INR 1.6〜2.6
程度が目標とされています。
今回のINR 1.5は、
その目標をやや下回る値でした。
さらに、
Dダイマーは2.5 μg/mLと上昇。
心房細動があり、
抗凝固も十分とは言えず、
Dダイマーも高い。
そのため、
「心原性脳梗塞ではないか」
と考えました。
ーー
検査値を見ていると、
心房細動
INR低値
Dダイマー上昇
これだけで病態が説明できそうに見えます。
しかし、本当にそれだけだろうか。
Dダイマーは、
心原性脳梗塞だけで上昇するわけではありません。
血栓形成や組織障害があれば、
さまざまな病態で上昇します。
検査値は重要です。
けれど、
それだけで原因を決めることはできません。
ーー
診断は、
内頸動脈閉塞による脳梗塞でした。
心臓から飛んだ血栓ではなく、
頸部の大血管病変。
ここで、
自分の考え方が少し変わりました。
心房細動がある。
だから心原性。
そう単純ではありませんでした。
実際には、
- 心房細動
- 動脈硬化
- 頸動脈病変
これらが同時に存在している患者さんも少なくありません。
脳梗塞は、
必ずしもひとつの原因だけで起こるわけではない。
今回、
そのことを強く感じました。
ーー
HDLコレステロールは38 mg/dL。
やや低値でした。
HDLは、
余分なコレステロールを回収し、
動脈硬化を抑える方向に働きます。
もちろん、
HDLだけで動脈硬化を診断することはできません。
しかし、
高齢
HDL低値
内頸動脈閉塞
これらが並ぶと、
「血管そのものの病変」
を考えたくなります。
脂質異常は、
静かに血管壁へ影響しているのかもしれません。
ーー
脳梗塞の分類をあらためて
脳梗塞は大きく、
・心原性脳塞栓症
・アテローム血栓性脳梗塞
・ラクナ梗塞
に分類されます。
心房細動があると、
どうしても心原性に目が向きます。
しかし今回のように、
頸動脈プラークや
大血管病変による
アテローム血栓性脳梗塞も存在します。
心房細動があっても、
原因が必ず心臓とは限らない。
そのことを改めて学びました。
ーー
頸動脈とは何か
頸動脈は、
脳へ血液を送る重要な血管です。
総頸動脈から分岐し、
- 外頸動脈
- 内頸動脈
に分かれます。
このうち、
脳へ直接血流を送るのが内頸動脈です。
内頸動脈は頭蓋内へ入り、
- 前大脳動脈(ACA)
- 中大脳動脈(MCA)
へつながります。
特に中大脳動脈領域は、
- 運動野
- 感覚野
- 言語野
- 内包
などを栄養しています。
そのため、
内頸動脈が閉塞すると、
- 反対側の片麻痺
- 感覚障害
- 失語
などが出現します。
今回の左半身麻痺も、
血管支配とつながって見えてきました。
ーー
頸動脈エコーの意味
脳梗塞患者で、
頸動脈エコーがよく依頼されます。
今回、
その意味がはっきりしました。
頸動脈エコーでは、
- 狭窄率
- 血流速度
- プラーク性状
- 可動性病変
などを評価できます。
つまり、
「どこで」
「何が起きているのか」
を直接見にいく検査です。
脳梗塞の原因検索だけではありません。
- 再発予防
- CEA適応評価
- CAS適応評価
- 治療方針決定
にもつながります。
血管を見なければ、
分からないことがある。
今回、
その実感が強く残りました。
ーー
以前、
- 心房細動
- ワーファリン内服
- 神経症状あり
という患者さんを経験しました。
そのときは、
凝固検査でPT延長を認め、
「脳梗塞だろうか」
と考えました。
しかし実際の診断は、
てんかん重積性部分発作でした。
今回も、
- 心房細動
- ワーファリン内服
- 神経症状あり
という状況でした。
しかし結果は、
内頸動脈閉塞による脳梗塞。
一見似ているように見えても、
病態は全く異なっていました。
ーー
ワーファリンが予防するもの、しないもの
ワーファリンは、
心房細動によって生じる
- 左心耳血栓
- 心原性脳塞栓症
を予防するための薬です。
しかし、
- 頸動脈プラーク
- 動脈硬化の進展
- アテローム血栓性脳梗塞
- ラクナ梗塞
- 脳梗塞後てんかん
まで予防できるわけではありません。
今回の2症例を通して、
ワーファリンで心原性脳梗塞を予防していても、他の脳梗塞や別の病態は起こり得る
ということを改めて学びました。
ーー
💡この症例から学んだこと
- INR低値だけで心原性脳梗塞と決めつけてはいけない
- Dダイマー上昇も心原性脳梗塞だけを意味しない
- 心房細動があっても原因が心原性とは限らない
- HDL低値は動脈硬化を考えるきっかけになる
- 内頸動脈閉塞は片麻痺の原因となる
- 頸動脈エコーは原因検索と再発予防に重要
- ワーファリンは心原性脳梗塞を予防するが、すべての脳血管障害を防ぐわけではない
- 検査値は病態を考える入口であって、答えそのものではない
ーー
今回、
最初に目についたのはINRでした。
しかし実際には、
血管。
脂質。
動脈硬化。
頸動脈病変。
さまざまな要素が関わっていました。
ひとつの数値に囚われず、
複数の情報を線でつなげて考えること。
今回の症例は、
その大切さを改めて教えてくれました。