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70歳代男性。
食欲不振、下痢、タール便を主訴に救急外来受診。
既往 : 肝機能障害
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検査データ
WBC 11,000/μL(好中球88%)
CRP 12.6 mg/dL
Hb 17.0 g/dL
Ht 51 %
MCV 91 fL
PLT 31万/μL
BUN 40 mg/dL
Cr 1.07 mg/dL
UA 9.2 mg/dL
AST 48 U/L
LD 400 U/L
HDL-C 28 mg/dL
Fib 600 mg/dL
D-dimer 1.2 μg/mL
Na 130 mEq/L
K 4.2 mEq/L
Cl 100 mEq/L
Glu 201 mg/dL
血液ガス
pH 7.42
PaCO₂ 31 mmHg
HCO₃⁻ 19 mEq/L
PaO₂ 66 mmHg
Lactate 15 mg/dL
ーー
まず気になったのは、タール便があるにもかかわらずヘモグロビンが高いことでした。
Hb 17.0 g/dL。
タール便があるなら貧血になっていてもおかしくありません。
ただ、
BUN 40 mg/dL
Cr 1.07 mg/dL
BUN/Cr比は約37。
さらに、
Hb 17.0 g/dL
Ht 51%
血液濃縮を疑う数字が並んでいました。
出血していないというより、
脱水によって病態が見えにくくなっているのかもしれない
と思いました。
ーー
炎症は感染なのか
WBC 11,000/μL。
好中球88%。
CRP 12.6 mg/dL。
フィブリノゲン600 mg/dL。
炎症は明らかでした。
下痢もあるため感染症も頭に浮かびました。
ーー
🩸血ガスを見てみる
pH 7.42
PaCO₂ 31 mmHg
HCO₃⁻ 19 mEq/L
pHはほぼ正常です。
最初は、
「呼吸性アルカローシスだろうか」
と思いました。
PaCO₂が低いからです。
でもHCO₃⁻も19 mEq/Lまで下がっています。
ーー
まず呼吸性アルカローシスが主体と仮定する
急性呼吸性アルカローシスでは、
PaCO₂が10 mmHg低下するごとに、
HCO₃⁻は約2 mEq/L低下します。
今回、
PaCO₂は40から31 mmHgへ約9低下。
予測HCO₃⁻は
24 − 2 × (9/10)
≒22 mEq/L
になります。
でも実測は19 mEq/L。
下がりすぎています。
呼吸性アルカローシス単独では説明できませんでした。
ーー
次に代謝性アシドーシスが主体と考える
HCO₃⁻は19 mEq/L。
下痢による重炭酸喪失がまず思い浮かびました。
そこでWinterの式を使って代償を確認しました。
Winterの式
予測PaCO₂
= 1.5 × HCO₃⁻ + 8 ± 2
= 1.5 × 19 + 8
= 36.5 ± 2
予測値は34〜38 mmHg。
実測PaCO₂は31 mmHg。
予測よりさらに低い。
つまり、
代謝性アシドーシスに加えて、呼吸性アルカローシスも存在する
と考えました。
ーー
AGも確認する
AG
= Na −(Cl + HCO₃⁻)
= 130 −(100 + 19)
= 11 mEq/L
正常範囲でした。
下痢による正常AG代謝性アシドーシスと考えると納得できます。
ーー
なぜAGは上がらないのか
下痢では水分だけでなく、重炭酸(HCO₃⁻)も失われます。
すると本来なら陰イオンが減りますが、体は電気的バランスを保とうとします。
下痢
↓
脱水
↓
RAA系活性化
↓
NaCl再吸収増加
↓
Cl⁻が相対的に増加
結果として、
AGは上昇せず、
正常AG(高Cl性)代謝性アシドーシス
になります。
ーー
Naも補正してみる
Naは130 mEq/L。
ただし血糖は201 mg/dL。
高血糖補正を行うと、
補正Na
= 実測Na + 1.6 × {(血糖−100)/100}
= 130 + 1.6 × 1.01
≒132 mEq/L
大きな低Na血症ではなさそうでした。
ーー
後から見えてきたこと
その後、
COVID-19陽性。
肺炎も認められました。
PaO₂は66 mmHg。
軽度の低酸素血症があります。
肺炎
↓
低酸素
↓
過換気
↓
PaCO₂低下
↓
呼吸性アルカローシス
と考えると、血液ガスの所見とも一致しました。
ーー
そしてヘモグロビン
輸液後、
Hbは17.0 g/dLから13.0 g/dLへ低下しました。
やはり脱水による血液濃縮が強かったようです。
タール便があっても、
初回Hbだけでは出血の有無は判断できない。
今回改めてそう感じました。
出血は、
Hbだけでなく、
タール便などの症状
BUN/Cr比
バイタルサイン
経時変化
輸液後の変化
を合わせて考える必要があります。
胃には瘢痕も認められており、タール便との関連も気になりましたが、この時点では活動性出血の有無までは判断できませんでした。
ーー
この症例で考えたこと
最初は、
「タール便なのにHbが高い」
という違和感から始まりました。
さらに血液ガスでは、
pHは正常なのに
HCO₃⁻低下
PaCO₂低下
がありました。
代償を計算してみると、
下痢による正常AG代謝性アシドーシスと、
COVID-19肺炎による呼吸性アルカローシスが見えてきました。
検査値を一つだけ見ていると見落としてしまうことがあります。
脱水。下痢。肺炎。
そして出血の可能性。
それぞれをつなげて考えることで、少しずつ患者さんの状態が見えてきた症例でした。
ーー
💡 この症例の学び
・pHが正常でも混合性酸塩基異常は存在する
・血液ガスは代償を計算して確認する
・下痢は正常AG(高Cl性)代謝性アシドーシスの原因になる
・肺炎による低酸素は呼吸性アルカローシスを起こす
・Hb高値でも出血を否定できない
・脱水は病態を見えにくくすることがある
・輸液前後の変化は病態を考える大きなヒントになる
・検査値は単独ではなく、患者さん全体で考えることが大切である

