いつも通り採血結果を眺めていたときのことです。
術後の患者さんのデータを見て、私は思わずメモを残しました。
理由はシンプルで、“下がっていたもの”が意外だったからです。
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70歳代女性。
大腸癌による絞扼性イレウスに対し、手術施行。
術後3日の採血結果。
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術後のデータは、
・ALPが低下
・γGTが低下
・Albが低下
・Hbが低下
という結果でした。
血液ガスでは
乳酸 19 mg/dL(およそ2 mmol/L程度)の軽度上昇を認めていました。
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AlbやHbが下がるのは、納得できます。
・Hb低下:手術侵襲や出血、輸液による希釈
・Alb低下:炎症、輸液、代謝ストレス、摂取不足
術後であれば、自然な変化です。
一方で、引っかかったのは
ALPとγGTも下がっていたことでした。
これらの酵素は、
・胆道系
・上昇したときに意味がある
という印象が強く、
「下がるってどういうことだろう」
と感じました。
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🔬低値のときに考えること
胆道系酵素は「上昇」に目が向きがちですが、
「低値」にも意味があることがあります。
例えば、
・輸液による希釈
・栄養不良
・重度の肝機能低下
などでは、ALPが低下することがあります。
また、
・亜鉛欠乏
・甲状腺機能低下
といった状態でも低値を示します。
ALPは亜鉛を補因子とする酵素であるため、
亜鉛欠乏では活性が低下します。
また、マグネシウムなども酵素活性に関与しますが、臨床的にはまず亜鉛欠乏を考えることが多いです。
甲状腺機能低下症では、
全身の代謝が低下することで骨代謝が低下し、
骨由来のALP産生が減少します。
この場合、胆道系由来のALPの変動ではないことに注意です。
ただし、これらは慢性的な要因であり、
急性期の変化としては優先度を考える必要があります。
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術後の胆道系酵素はどう動くのか
一般的に、術後の胆道系酵素は
軽度上昇→ その後安定、あるいは低下
という流れをとります。
術後早期には、
・手術侵襲
・炎症反応
・循環動態の変化
により、
肝血流が低下し、
肝細胞の働きが一時的に落ちるます。
その結果、
胆汁を送り出す力が弱くなり、
胆汁の流れが滞る「機能的うっ滞」が起こります。
このような状態では、
・胆汁の流れが低下
・肝細胞や胆管上皮にストレスがかかる
ことで、
ALPやγGTが血中へ漏れ出し、上昇すると考えられています。
ここでの“うっ滞”は、
・胆管が詰まる閉塞ではなく
・「流れにくい状態」
として捉えるほうが近いと思います。
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🔬今回(術後3日)の低下をどう考えるか
今回のポイントは、
術後3日という比較的早いタイミングで低下していたことでした。
このタイミングを考えると、
・輸液による希釈
・急性期の栄養状態の変化
・代謝ストレス
といった影響が、より関与している可能性が高いと考えました。
また、ALPやγGTは変動が比較的緩やかな項目であり、
短期間の低下をそのまま「回復」と結びつけることは難しいと感じました。
一方で、
全身状態の変化に伴い、
肝細胞の機能や胆汁排泄のバランスが整いつつあった可能性もあり、
複数の要因が重なった結果としての低下と考えるのが自然だと思いました。
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血ガス:乳酸とpH、そして代償
絞扼性イレウスという背景から、
軽度の乳酸上昇は説明可能です。
今回のpHは 7.41 と保たれており、
明らかなアシドーシスには至っていませんでした。
しかし、
pHが正常であっても、乳酸上昇がある場合には、
代謝性アシドーシスの要素が隠れている可能性があります。
このような場合は、
pHだけで判断するのではなく、
HCO₃⁻やPaCO₂をあわせて確認し、
代償が適切かどうかを見ることが重要です。
今回も、
体内では酸負荷が生じていた可能性があり、
それを代償によって保っている状態であったのかもしれません。
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💡この症例から学んだこと
・胆道系酵素は「低値」でも意味を持つことがある
・術後の検査値は、全身状態の影響を強く受ける
・ALPは複数の臓器由来であり、単独では評価できない
・胆道系の評価はγGTなどと組み合わせて考える必要がある
・pHが正常でも、代謝異常が隠れていることがある
そして、
低値を見たときほど、
局所ではなく「全身状態」を考えることが大切だと感じました。
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検査値は、
上がったときに目が行きがちです。
でも今回のように、
下がった値にも、
背景となるストーリーがあるのかもしれない
そう思えた症例でした。