尿検体を見て、
ふと手が止まりました。
やけに黄色い。
しかも、少し蛍光っぽい。
普段の尿とは明らかに違う印象でした。
「何か薬剤の影響かな」
そう思い、カルテを開きました。
ーー
服薬歴を確認すると、
アドナ内服中と記載がありました。
なるほど、
尿の色はこれが原因だと考えられました。
そう思いながら、
さらにカルテを確認していくと──
外傷性硬膜下血腫と記載されていました。
ーー
そこで、
ある検査値を思い出しました。
Dダイマーです。
血腫が形成されているのであれば、
高値になっていてもおかしくないと考えました。
しかし、
この症例ではDダイマーは低値。
むしろ、上がっていないことに違和感がありました。
「血腫があるのに、
なぜDダイマーは低いのだろう」
一瞬、矛盾しているように感じました。
ーー
カルテを読み進めていくと、
受傷は、
当院受診の1日前でした。
すでに他院で、
・アドナ
・トラネキサム酸
・グリセリン製剤
が投与されていました。
つまり、
・血管外出血は存在している
・しかし線溶は抑制されている
・全身の凝固線溶系は強く活性化していない
そのため、
Dダイマーが低値であった
と考えると、
すべてが腑に落ちました。
ーー
外傷性硬膜下血腫という病態
外傷性硬膜下血腫は、
・頭部外傷を契機に
・架橋静脈の損傷などによって
・硬膜とくも膜の間に出血を生じる病態です。
血管が破綻し、血液は漏れ出ていますが、
出血は血管外で起きています。
局所では止血・凝固反応は生じていますが、
必ずしも全身の凝固線溶系が強く活性化するわけではありません。
そのため、
・血腫が存在していても
・Dダイマーが上昇しないことがある
という点は、
検査値を解釈するうえで重要なポイントになります。
また、高齢者では、
・脳萎縮
・架橋静脈の伸展
・高血圧
といった背景から、
軽微な外傷でも発症することがあります。
ーー
アドナが使われていた理由
この症例では、
他院でアドナ(カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム)が投与されていました。
アドナは、
・凝固因子を活性化する薬剤ではなく
・血栓を形成する薬剤でもありません
毛細血管の透過性を抑え、
血管壁を安定させることを目的とした止血薬です。
外傷性硬膜下血腫のように、
・血管外出血が存在し
・再出血や血腫拡大が懸念される状況
では、
全身の凝固線溶系を大きく動かさずに、
局所の出血悪化を防ぐ目的で使用されることがあります。
また、アドナは
尿中に排泄される際に強い黄色から蛍光色を呈するため、
今回認められた尿の異常発色は
薬剤によるものであったと考えられました。
ーー
正常値でも、重症な状態が隠れていることがあります
検査側は、
どうしても数値から考えることが多くなります。
パニック値が出れば、
病態を想像しやすい一方で、
数値が正常範囲内であると、
そのまま流してしまうこともあります。
しかし臨床では、
・検査値が正常であっても
・手術や厳重な経過観察が必要な状態
が存在します。
今回の症例では、
・Dダイマーは低値
・しかし画像では血腫が存在し
・血圧も高値でした
数値だけを見ていたら、
見落としていたかもしれません。
ーー
医師と、検査側の視点の違い
医師は、
病態から検査値を想像することが多いと思います。
一方、検査側は、
検査値から病態を想像する立場です。
考える方向は異なりますが、
どちらも臨床には欠かせません。
今回の症例は、
その違いをあらためて実感する機会となりました。
ーー
💡この症例から学んだこと
・血腫があっても、Dダイマーは必ずしも上昇しない
・Dダイマーは、凝固と線溶の結果を反映する検査である
・正常値であっても、重症な病態が隠れていることがある
・数値以外の情報が、考察のきっかけになる
そして、
検体は、ときにこちらにヒントを与えてくれる存在だと感じました。
ーー
おわりに
いつもの検体。
いつもの測定。
しかし、その中に
学びのきっかけが隠れていることがあります。
この症例は、
それを改めて教えてくれました。