Naは正常。それでも脱水だった

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60歳代女性。
心窩部痛を主訴に、救急外来を受診。

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検査をしていて、
いくつか気になる数値がありました。


・ヘモグロビン:16.0 g/dL
(血液ガスでも Hb:15.9 g/dL )
・カルシウム:10.8 mg/dL
・Na 基準範囲内

どこか違和感がありました。

――

ヘモグロビンが高い

ヘモグロビンは16.0 g/dL。
血液ガスでも15.9 g/dL。

致命的な異常ではありませんが、
いつもよりやや高い印象でした。

「脱水かな?」

そう思って、メモを残しました。

――

Naは正常。それでも脱水?

脱水を考えると、
「Naが上がるはずでは?」
と一瞬思います。

でも、この患者のNaは正常範囲でした。

ここで大事なのは、
脱水=高Na血症ではないということです。

ーー

脱水には“種類”があります。

今回のような腹部疾患では、

・腸管内への体液移動
・第三腔への体液シフト

が起こります。

このとき移動するのは、
水だけでなくNaを含む等張液です。

水とNaは血管壁を自由に移動できます。

Naは細胞外液の主要な電解質であり、
その濃度差が生じると水が移動してバランスを取ろうとします。

そのため、体液が移動する際には
Naと水が一緒に動く(等張のまま移動する)形になり、
血清Na濃度は大きく変化しないことがあります。

・循環血漿量は減る
・ヘモグロビンは相対的に高く見える
・カルシウムも相対的に上昇する

一方で、

・Naは水と一緒に移動するため
・血清Naは正常のまま

という状態が生じます。

ーー

ここで気になったのは、
「なぜ腸管内に水が移動するのか」という点でした。

腸管の血管は、腸の外ではなく、
腸壁の中(特に粘膜下層)に存在しています。

腸管が嵌頓すると、

・血流障害
・うっ血
・炎症

が起こり、血管透過性が亢進します。

その結果、
血管内の水分が腸管壁へ漏れ出し、
さらに腸管内へと移動していきます。

加えて、腸管内では内容物の停滞により
浸透圧が上昇し、水分を引き込みやすい状態になります。

さらに腸液分泌も亢進するため、

血管内 → 腸管壁 → 腸管内

へと水分が移動し、
体液が循環系に戻らない「第三腔(third spacing)」として貯留します。

体の中には水が存在していても、
循環には使われない状態です。

――

腸管内の水は戻らないのか

本来、腸管内の水分は吸収されて血管へ戻ります。

しかしこのような病態では、

・腸管の血流低下
・粘膜障害
・炎症

により吸収機能が低下します。

直接「吸収できていない」と証明することは難しいですが、

循環血漿量低下を示す所見(Hb上昇など)と、
体内に水が存在している状況を合わせて考えると、

水分が腸管内にとどまり、
循環に戻れていない状態と考える方が自然でした。

ーー

その後わかった診断

後に判明した診断は、

術後の嵌頓を伴う腹壁ヘルニア。

腸管が嵌頓し、
腸内に内容物が長時間貯留していました。

ーー

なぜ術後にヘルニアが起きるのか

この患者には下腹部の手術歴がありました。

下腹部の手術では、

・下腹部正中切開
・腹壁筋膜の脆弱化

が起こりやすくなります。

さらに、

・加齢
・便秘
・腹圧上昇

が重なることで、
術後しばらく経ってから腹壁ヘルニアを生じることがあります。

瘢痕部は硬く狭いため、
腸管が入り込むと戻りにくく、嵌頓を起こしやすい状態になります。

――

この症例で起きていたこと

この症例では、

・腸管嵌頓
・腸管内への体液シフト
・経口摂取不良

が重なり、

・循環血漿量低下
・相対的Hb上昇
・Ca相対的上昇

という状態になっていたと考えられました。

ーー

この症例のポイント

派手な異常値はありませんでした。

でも、

・「基準範囲内だけど、いつもより高い」
・「Naは正常だけど、脱水を疑った」

この違和感が、
あとから診断ときれいにつながりました。

ーー

💡学んだこと

・脱水=高Na血症とは限らない
・体液シフトではNaも一緒に移動する
・腸管は“第三腔”になりうる
・体の中に水があっても、循環に使えないことがある
・検査値は「絶対値」だけでなく「いつもとの違い」で見る

――

検査値は、
ときに小さな違和感として現れます。

その違和感を拾えるかどうかで、
見える景色は大きく変わるのかもしれません。