Dダイマーパニック値!  ── 血栓だけを疑って、思考を止めないために

救急外来からの検体を確認していると、
ときどき一瞬、手が止まるような数値に出会います。

Dダイマー 100以上 μg/mL(FEU)。

この値を見て、
「どこかに血栓があるのでは?」
と考えるのは、ごく自然な反応だと思います。

私自身も、最初はそう思いました。

でも今回の症例は、
それだけでは説明できない背景を持っていました。

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80歳代男性。
COVID陽性で入院目的に救急外来受診。

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主な検査所見は以下の通りです。

・白血球:10,800 /μL(好中球 91%)
・血小板:10万 /μL
・CRP:10 mg/dL
・Na:161 mEq/L
・BUN:67 mg/dL
・Cr:1.2 mg/dL
・CK:307 U/L
・AST:49 U/L
・ALT:69 U/L
・Dダイマー:100以上 μg/mL(FEU)(パニック値)
・RPR:陽性
・TPAb:陰性

尿検査では、

・潜血 2+
・赤血球 40 /HPF
・白血球 40 /HPF
・細菌 多数

尿路感染症(腎盂腎炎再発)が強く疑われる所見でした。

――

Dダイマー高値を見て、まず考えたこと

Dダイマーは、
形成されたフィブリン血栓が分解された結果として生じる物質です。

つまり、

血栓ができた
それが壊された

その「痕跡」を見ている検査です。

だからまず、
血栓症(DVT、PEなど)を考える。

ただ、この時点で
思考を止めないことが大切です。

――

この患者さんの背景にあったもの

この患者さんには、重要な既往がありました。

過去に「悪性症候群」疑いで治療された経緯です。

高熱、CK上昇、AST・ALT上昇、CRP高値。
ダントロレン投与で軽快。

――

悪性症候群という病態

悪性症候群は、
抗精神病薬などによるドパミン遮断を契機に起こる、
全身性の重篤な副作用です。

特徴として、

・高熱
・筋強剛
・横紋筋融解
・強い炎症反応
・自律神経障害

が挙げられます。

そして重要なのは、

感染がなくても、敗血症のような全身炎症状態を作る

という点です。

この既往から、
炎症刺激に対して反応が強く出やすい背景があると考えられました。

――

今回、何が起きていたのか

今回のトリガーは明確でした。

・尿路感染症
・COVID感染

この2つが重なり、

炎症性サイトカイン上昇
免疫細胞(単球・マクロファージ)活性化

が起こったと考えられます。

――

感染で、なぜ凝固が動くのか

感染や強い炎症が起きると、

血管内皮細胞
単球・マクロファージ

が活性化され、組織因子(TF)が発現します。

これは外因系凝固のスイッチです。

本来は病原体の拡散を防ぐための反応ですが、
過剰になると、

微小血栓が全身で形成され、
同時に線溶系も活性化されます。

結果として、

血栓が作られては壊される

という状態が繰り返され、
Dダイマーが著明に上昇します。

――

Dダイマー高値=血栓、とは限らない

今回のDダイマー高値は、

局所的な大血栓(PEやDVT)を
直接示しているとは限らず、

むしろ、

感染と炎症によって、
凝固線溶系が全身で回っている状態

を反映していると考える方が自然でした。

――

さらに重なった要因:脱水

入院前、この患者さんは食事摂取が不十分でした。

高齢、感染、発熱、COVID。

その結果、

自由水欠乏
高Na血症(Na 161)
血液濃縮

が起きていました。

血液が濃くなることで、

血流低下
凝固因子濃度上昇

が生じ、凝固が起こりやすい状態になります。

――

🔬検査側として、次に考えたこと

Dダイマーが極端に高値の場合、
測定系への影響も一度考える必要があります。

Dダイマーは免疫学的測定法であり、

異種抗体
リウマトイド因子
高Ig血症

などの影響で、非特異的に高値を示すことがあります。

そこで、

RF
IgG・IgA・IgM

を測定し、上昇がないことから、これらの測定系への影響が考えにくいことを確認しました。

結果として、
この高値は測定誤差ではなく、病態を反映していると判断しました。

――

RPR陽性という、もう一つの引っかかり

この症例では、

RPR陽性
TPAb陰性

という結果も認められました。

――

生物学的偽陽性という考え方

RPRは梅毒菌そのものではなく、
リン脂質に対する非特異抗体を検出する検査です。

感染や炎症で細胞が破壊されると、
細胞膜由来の脂質が露出し、

それに対する抗体が一時的に産生されることで、
RPRが陽性となることがあります。

TPAb陰性であることから、
本症例は梅毒感染ではなく、生物学的偽陽性と考えられました。

――

術前検査で、梅毒検査がオーダーされることはよくあります。

でも、

・RPR陽性
・TPAb陰性

という結果を見たとき、

感染や炎症による偽陽性かもしれない

という視点を持つことで、
不要な混乱を防ぐことができます。

――

💡この症例から学んだこと

・Dダイマー高値は血栓だけを意味しない
・感染・炎症で凝固は全身性に動く
・脱水は凝固亢進を助長する
・免疫学的測定では非特異反応も考える
・RPRは非特異検査である
・検査値は背景とセットで読む

――

最後に

検査値は、単独では答えを出してくれません。

でも、背景と流れをつなげて考えたとき、
はじめて意味を持つ。

この症例は、
それを改めて教えてくれました。